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2012年 04月 30日
4月29日、国霊社にて五穀祭が催行された。
お米を始めとする農作物の豊作、商工業など諸産業の発展、 米野町内の平安、氏子の家内安全を祈念した。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 03月 17日
今年は長く、寒い日が続いていましたが、やっと暖かくなってきました。もうすぐ三月二十日の「春分の日」です。「お彼岸」とは春分の日(彼岸の中日)を中心に前後三日ずつの七日間のことです。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように「彼岸」という言葉は私達の生活にとても密着したものです。「彼岸」は彼の岸(向こう岸・極楽浄土・西方浄土)であり此岸(こちら側・現世)に対して使われます。 現代の私達の生活でも太陽エネルギーがすべての生産活動のもとになっています。農業・商業・工業どの産業も太陽の恵みを受けていないものはありません。私達の祖先はこの太陽の神様(天照大神)を最高神とあがめ、伊勢神宮に祀ってきました。 そこに仏教が伝わり、西方のはるか彼方に阿弥陀仏のいる極楽があり、人は死後この西方浄土に行くと考えてきました。この太陽信仰と西方浄土が結びつきました。太陽が真東から昇り真西に沈む日を「お彼岸」とする風習は平安時代の頃からが始まりました。 お彼岸には家族そろってお墓参りをして祖先を敬い、亡くなった人々を偲びましょう。 2012年 02月 12日
2月4日、国府宮神社は、1万1千人のはだか男、
22万人の参拝者で大変な賑いとなった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 02月 03日
国府宮の裸祭が近づいてきました。
日本人は厄災や厄難を受けやすいと信じられている特定の年齢を「厄年」と呼んできました。厄年に込められた祖先の知恵について紹介します。 厄年は、男性が二十五歳、四十二歳、六十一歳で、女性が十九歳、三十三歳、三十七歳の年回りを言います。中でも男性の四十二歳は「死に」女性の三十三歳は「散々」に通じることから「大厄」「本厄」と言われています。その前後の年が「前厄」「後厄」です。 長い人生には体調不良や厄災が重なることがあります。私達の祖先は、それを乗り越え、神々に「生かされている」ことへの感謝の気持ちを大切にしてきました。正月から二月の節分にかけて全国の神社では厄払いのご祈祷を受ける人が多く見られます。 また、古くから厄年の「やく」は神祭りを行う神役の「役」のことでもあると言われています。 ![]() 2012年 01月 04日
1月1日、国霊社にて元旦祭が催行された。
新しい年が良い年となるよう、町内が平安で氏子が健勝に暮らせるよう祈念した。 ![]() ![]()
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